パールマンのベートーヴェン ヴァイオリン協奏曲

私の大好きな名盤・その15
ベートーヴェン ヴァイオリン協奏曲ニ長調 作品61

イツァーク・パールマン(ヴァイオリン)
カルロ・マリア・ジュリーニ指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1980年録音

この曲は長い間あまり好きになれなかった曲です。冗長な印象で、第1楽章の唐突に大きくなる音になじめなかったのです。名盤と言われるオイストラフ盤でさえ途中で聴くのを止めることがありました。

オイストラフ盤は大家が顕示欲の欲するままに弾き切っている演奏に聴こえ、覇権主義の時代性を反映しているように感じられます。内省的になっている現代人の耳には違和感を覚えてしまうのでしょうね。

パールマン盤を聴いて曲の印象はがらりと変わり、大好きな曲になった事は私にはとても幸せな出来事でした。
若いころから「田園」が大好きな私は、この曲はその分類に属する曲で、「運命」のような緊張を強いる怖い曲とは画する世界ですから元々好きになれる素地はあったのだと思います。

演奏時間に基づいた表示で説明します。()で示した数字はその楽章の開始時からの経過の分と秒です。

買って最初に聴き始めたときは “失敗した” と思いました。なぜなら、この曲は冒頭のティンパニの4音の響きがズシーンと気持ちの奥に響き渡るかがカギだと思っていたからです。それがこの演奏ときたら聴こえないくらいに小さな音で響き渡るどころではなかったのです。

しかしその後に続くクレッシェンドの大きさが、“唐突に大きくなる音” には聴こえず、力感あふれるドイツの音に聴こえたから不思議でした。なにしろイスラエル生まれの独奏者、イタリアの指揮者にイギリスの楽団ですから。

祈りの音楽家ジュリーニさんが憧れを秘めたおごそかな、でも喜ばしい心持ちをじんわりと浮かび上がらせて曲全体の雰囲気の提示を行い、独奏者に受け継がれます。

指揮者が曲の全体像を示したのに合わせて、若い独奏者は持って生まれた類まれな明るい美音で気持ちよく伴奏にのせていきます。ティンパニの4音を基本に作曲家への畏敬の気持ちがこもる心情がのびのびと投影される美しさです。

(8:50)うっとりする美しい世界から合奏で目が覚めて勢いを増し展開部に突入です。ティンパニが力強くとどろき幸福感に加えて強さを前面に押し出します。この部分でこれまでの演奏では必然性が感じられなくて唐突に強奏しているように聴こえていたのですが、この演奏では自然に引き込まれる世界です。

(11:04)展開部の独奏が始まります。(11:40)ここからは曲全体の白眉だと思います。細やかな美しさ、抒情性の深さ、打ち震える感情、なんと美しいヴァイオリンの艶でしょう。そして後半(13:03)憧れの感情が感極まるとき、(13:50)トランペットを伴ったティンパニが心音の如く忍び込みます。(14:20)ヴァイオリンは目覚めて急上昇し勢いを盛り返して(14:33)再現部を迎えます。

喜ばしい合奏のメロディに独奏も絡まって(17:00)楽章全体を回想するようなシーンの後に徐々に力感が増していき、(19:05)いったん静かになったあと盛り返して、(19:46)カデンツァの予告のような経過句を経てカデンツァに突入し、(23:09)伴奏が入り始めてコーダの雰囲気が増して楽章を終えます。この呼吸が見事です。

第2楽章は祈りの伴奏にのってその感化を受けながら、ホルンとヴァイオリンの掛け合いから始まり、続くクラリネットも高音域のファゴットも夢見るような幸せの感情を吐露します。綿々と続くアリアのようなヴァイオリンの響きが消え入るようになると、(9:04)次への準備が始まります。

第3楽章はロンド風のABACABAの複合3部形式でしょうか。
A旋律はロンド主題とも感じられる繰り返しで、ヴァイオリンがA旋律 続いて1オクターブ上でA旋律、そして合奏でA旋律を繰り返し、(1:07)B旋律はのびのびと独奏合奏が楽しそうに掛け合い、(2:17)A旋律で現実の戻るという感じで冒頭と同じ3度の繰り返しを経て、(3:08)C旋律が始まるのですが、ここが全曲中2度目の白眉だと思います。甘く切ない2つのメロディ。それも1回きりで次へ進みます。後ろを振り返らず駆け抜けて行くのです。

(4:23)またA旋律で現実に戻され やはり3回の繰り返しをします。B旋律に移る前にピッチカートを2音入れて変化をつけます。2回目のB旋律も掛け合いで経過し、(6:44)急にあわただしくなって(6:58)カデンツァでA旋律に戻ります。(8:11)チェロの合図で曲全体の回想シーンが始まってオーボエが登場していよいよ終わりを感じさせます。

楽しい物語もここらでお開きですという感じは、「運命」などの “これでもか” という強迫感とは無縁の、長大な曲の割にはあっさりした軽やかさが爽やかです。

聴き終えた後、きまって第3楽章のCの旋律が脳裏によみがえってきます。それは若いころ感動的な演奏会のあと夜の静かな街なかを逍遥して涙した、そんな遠い記憶を思い出させる稀有な演奏だからでしょう。

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