ケンペの「合唱」

私の大好きな名盤・その7

ベートーヴェンの交響曲第9番「合唱」
指揮:ルドルフ・ケンペ、演奏:ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団、録音:1973年5-6月

この曲も一番上の兄のLPがきっかけで熱心に聴くようになった曲だ。廉価盤のアンセルメが指揮したLPだった。チャイコフスキーやドリーブの舞踊音楽に際立った輝きを放つアンセルメは、やはり少し勝手が違ったかもしれない。ほどなくウィーン交響楽団のベーム盤LPを買った。荘重で厳粛な響きはいかにもドイツ的に思えたし、第3楽章の美しさにも心酔した。CDへの買い替えの時期に東京で見つけた時は飛び上るほどうれしかった。同じ録音でもだいたいにおいてCDにしてよかったと思ってたが、残念ながらこの曲は違った。

そんなことがあっていろんな演奏を求め始めた。ワルター盤、バーンスタイン盤、ラトル盤、ガーディナー盤、ジュリーニ盤、カイルベルト盤、フルトヴェングラー盤、デイヴィス盤、クーベリック盤である。ほかにも手放したことで記憶から消えているのがあるかもしれない。デイヴィス盤は誠実で丁寧な演奏に好感が持てたしクーベリック盤はそこに覇気を加味した好演と思ったが決定盤には至らなかった。そんな行き止まり状態に終止符を打ったのがケンペさんだ。2016年にリマスターされた音の良さも後押しになったと思うが実に深い部分まで練られた演奏だ。

第1楽章のドイツらしい響きは宗教的な荘厳に満ち溢れている。
第2楽章スケルツォのティンパニの4回連続で打つ音は激しい痛打ではなくて、スケルツォ全体を見通して終わりの頂点に向けて高めていく過程ととらえての打ち方をしている。これは一つに例にすぎなくて、ケンペさんは常に全体を見通しての組み立て方で一貫していて、いわばおとなの解釈なのだ。
指揮がよくてそれに応じる楽団が立派に演奏しても、この曲は独唱者と合唱の出来で印象を大きく左右してしまう。買ったその日に聴く 期待と緊張の中での初聴きの気分は独特だ。“おおフロイデ!”のバスの第1声から合唱とつなぐところまで聴き進んで、“これは決定盤かも”と思ったあとだった。

テノールのソロが始まった時、“ああ失敗だった”と愕然とした。頼りなさこの上ない歌い出しだったのだ。それがどうだろう。ぐんぐん力が増した歌唱に変化していき、強烈に力感を印象付けて合唱へバトンを渡したのだった。歌手はニコライ・ゲッダという人で自分の考えなのか指揮者の要請なのか判らないが、そのあとの管弦楽が盛り上がって有名な「歓喜の歌」の合唱へ続く大きなクレッシェンドの第1歩だったのだ。その「歓喜の歌」では1音1音スタッカート気味に高らかに歌い上げて感動的な頂点が築かれている。そして直後の男声のみの厳かな斉唱へ続く対比がこれまた鮮やかだ。最後のテンポを上げて突き進む部分では、縦軸がぶれるような乱れもなく白熱を充満させて堂々と締めくくる、感動の余韻に長く浸れる名演だ。

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